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胸の鏡よ 心濁すな

日記のように綴るブログ

次の恋愛へ進むために。

元婚約者をSNS全般をブロックした。

 

彼女ができたみたいで、彼女のささーっと作る料理が美味しいと、綺麗に盛り付けされた写真をアップしていた。

 

血が逆流しそうになった。

 

友達でいたいと別れた後言われたけど、友達は無理そうだ。

 

友達だと、次の恋愛へ前に進めないから。繋がってると、未練がずっと残ってしまう。

 

未練がましい私を変えるため、罪悪感はあるけどブロックした。ごめんね。

 

フェイスブックも彼の投稿見るだけで嫌だったから、ツイッターばかり見ていた。フェイスブックをブロックしてスッキリしている自分もいる。

 

本当にごめんね。でも前に進むために私にとって必要なことなのです。

 

さよなら。

希望という北極星を見つめて

今回は、私自身に問いただす日記。

 

最近はただ、なあなあと生きている感じ。

 

そんな自分でいいのだろうかと、引っかかりを解く日記。

 

先日、大学の同期が福井県鯖江市に移住をしてTSUGIという会社のデザイナーをしているのだけど、阿波市にデザインと移住で講演をしにきた。そのイベントの司会進行の方と、不思議な縁で大学の同期と共通の友達だった。その方は大学の同期の友達だったり、高校の後輩が私のいとこだったり、徳島で知り合ったのだけど、共通の友人が何人かいたのだ。そのうちの1人が、TSUGIでデザインをしている大学の同期だ。

 

大学の同期は阿波踊りを踊りに、私の実家に2年連続で泊まりにきたり、アクティブな子だったのだけど、そのアクティブさは今も健在。情熱を持って仕事をしていた。

 

それに比べたら、私はなあなあと生きてて情けなくなった。私も大学の頃は、あれぐらいの情熱があったけど、今はぼちぼちやってる、ろうそくのともしびみたいなものだ。儚く生きている。大学で養ったパッションは今はどこに行ったのやら。

 

他人は他人、自分は自分だけど、どこか比べてしまう、哀しき性である。

 

病気になって、ぼちぼちしか働けないのは仕方のないことだけど、病気でガタがきてるこの身体が憎い。もっと働けたらいいのに。情熱を持って走ると、身体が壊れてしまう。

 

薬無しでは生きられない、この身体。時たま劣等感に苛まれる。

 

差別される病気で、時たま社会が憎く思う時もある。何故差別されるのだろうと。

 

その差別を取り払おうとして、今プロジェクトを練っているところだけど、相模原事件で政府は悪い方向に行っているようで。

 

一度精神病院を退院した患者を犯罪者のように、監視する法案が動いているようで。斎藤環先生がツイートしていた。

 

ちょっとでも変わればいい。偏見をなくしたい。ダウン症の子を持つネイリストと意気投合して、一緒にプロジェクトをすることになった。その女性は、健常者とダウン症の子ごじゃまぜで遊ばせたり、色々活動している。メイクレッスンしたり、スキンケアを教えてることになりそうだ。人前に立つのは怖いけど、やるしかない。

 

いつも私は、北極星のようなわずかな光を目指して、真っ暗闇の中を前に進んで歩いているような感覚がある。それは病気になってからずっとそうだ。

 

北極星を見失わず、手探りで私は歩いていく。そうやっていつも乗り越えてきたんだ。

 

確実に分かることは、前に進むしかない。絶望の時はいつもその言葉が、クリアに浮かぶのだ。

空虚な心の穴を埋めるには

先月の月初めは忙しかった。休みが前半1日しかなく、走り終えて、大学の同窓会で京都で遊んだら、疲れが溜まったせいか、今ネガティヴになっているので、今日自分を纏めるために日記を綴っている。

 

忙しいくらいが丁度いいんだけど、ちょっと気が抜けたら心がナイーブになってきた。相変わらずめんどくさい心体である。

 

大分この日記のおかげで、上手く付き合えるようになったけど、酔うとめんどくさいし、落ち込みやすいし、まだまだ改善点が沢山あるから、根が真面目な私は、向上しようと欠点と向き合っている。

 

真面目に生きるのは損という本もあるみたいだけど、この真面目さは弓道で培ったもの。中々とれるものでもないし、根が優等生なとこがあるからだ。自分で言うのも恥ずかしいけど。

 

車のハンドルに遊びが必要でしょ?あなたにはその「遊び」がないと、大学の恩師に言われた。

 

本当柔軟に生きたいものである。理想はタモリさん。私の中で一番尊敬する人。

 

肩の力が抜けているところが凄いなと思う。人を傷つけないお笑いも大好きだ。

 

もっと魅力的な人間になりたい。

 

人間力とか陳腐な言葉は使いたくはない。人を惹きつける人になりたい。

 

私は只今、走り終えて暇になると空虚になり不安になっているだけだ。

 

稼いでいる大学の友達や、家庭を持った友達、子供がいる友達。どんどん差が出てきているなと思う。人生は競争じゃないのは頭では理解しているんだけど、中々心では理解していない。

 

もっと向上したいものである。

恋愛に臆病になっている。

タイトルの通り、恋愛に臆病になっている。ちょっといいなあと思う人は元婚約者と別れてから何人かいた。ナンパも何回かあった。

 

でも、新しい恋愛をする勇気がない。恋愛が怖い。いつか終わるんだろうなと消極的になったり、最近私は「おばさん」になったという自覚があるからだ。賞味期限切れたんだなと感じることがある。

 

みんな素敵だなと思う男性は結婚している。子供もいる。それか彼女がいる。

なんだか癖があるなーと思う男性はバツイチだったりする。40過ぎて独身男性はなんだか難ありだ。

こんなに綺麗なのになんで独身なんだろうねー、とデリカシーのないおじさんに言われたことがある。私も癖があるのは自覚している。めんどくさい女だと自覚している。

 

まだ31歳だけど、アラサーの恋人選びは重いなと思う。最近は恋人として選ぶんじゃなくて、結婚前提にできるかなと思って選ぶ。自分でもめんどくさい女だと思う。

 

キャリアもない、独身で実家暮らし。あまり稼げてもいない。

 

焦っても仕方がないんだけど、時たま焦燥感に襲われる。今日こんなに暗い日記なのは、久しぶりに元婚約者が夢に現れたからだ。手を繋ぐ夢だった。ネットで夢占いを調べたら未練タラタラとでた。

 

もう一年半を過ぎたのに、まだ未練タラタラなのかよ、情け無い女だな!と自分に怒っている。

 

復縁は無理だと思っている。復縁してもうまくいかないとはクリアに思っている。

 

新しい恋をしたいけど、賞味期限過ぎたのかなと寂しさが募る。

 

田舎の賞味期限は早い。都会とは違う。

 

恋愛に対しても、前を向かないといけない。

 

ああしてれば、こうしてたらと過去に執着するのも終わり。

 

東京タラレバ娘でグサグサささるけど、良いサプリメント

 

恋愛に対しても前を向こうと思う。

「そっか。私、笑えるんだ。」

年末30〜31日と大阪で大学の友達と忘年会をした。全然気を使わない関係。久しぶりに腹の底から笑った。

関西人は、コミュニケーション能力が高い。ボケツッコミが凄い。

 

本当は頭のネジが外れまくっている自分を押し込めて、普通を装っていた。普通の人のフリをするのは辛い。

自分をギューっと押し殺していた感じだ。地元でも自分をオープンにすればいいのだけど、田舎は完全なプライベートがない。何かしら酒を一緒に飲んでも利害関係が多少ある。

 

「そっか。私笑えるんだ。」

思わずエヴァのアスカの名言が口からでた。みんな笑ってたけど。色々あったんだねーと察してくれた。深くズケズケとプライバシーに入り込まないみんなが好きだ。

 

年に数回しか会えないけど、余り使わない言葉だけど、こういう関係性を「仲間」と呼ぶのだろう。そういう人達を大切にしていきたい。

 

この地球に一ヶ所でも居場所があれば生きていける。それを感じた忘年会だった。

 

なんだか前向きになって、心の底から仕事頑張ろうと思う。やる気がちょっと湧き出している。

 

みんなありがとうね。みんながいるから生きられる。

私も頑張らねば

元婚約者が、日本中の友達を訪ねてフェイスブックにアップしていた。

 

そして、帰ってきてもしかしたらだけどカリフォルニアの仕事に誘われているので、渡米するかもと。

 

まだ分かんないけど、どうにかなる彼の人格に尊敬の念を抱いたり。本当人に恵まれてるから、どうにかなるとは思ってたけど。

 

私も色々あるけど、彼も道を切り開いているから、私も切り開いていかないと。

 

お互いの幸せを祈って別れたのを思い出した。

 

頑張ってね。私も頑張る。

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自己啓発やスピリチュアルはもういい!

かなり疲れている。

 

先日、とある下着のネットワークビジネスの研修に行った。

 

私がビジネスのことを学びたいといったら、ビジネスのことを学べるよと、胡散臭く感じて警戒しながらいった。

 

人材育成という名の自己啓発と、とある下着メーカーが如何にすごいかという研修だった。

 

誘われたのは、母親の販社の傘下さん。リンパ整体とダウジングなどのスピリチュアル(レイキもしてたな)をしている人だ。

 

その人の周りの信者みたいなコミュニティは、本当に脳内お花畑だ。

 

それに嫌気をさし、凄く疲れて2日寝込んだ。

 

「光」を送ったり、念じたりしてるみたいで、カルトみたいで気持ち悪かった。そのコミュニティの神様もいるみたいで、それが見えるとか言ってた人もいた。

 

自己啓発本やマニュアル本、スピリチュアル本を読んでいる人をあまり信用はできない。

 

自分の位をあげると悪口も言われなくなるとか言ったけど、別にダメ人間でもいいじゃないか。

 

人をランク付けするのは、なんだか腹ただしい。

 

人を格付けするのはあまり好きじゃない。人間は広い意味で平等だと思っているからだ。実際平等ではないけれど、人間をランク付する闇の深さに、気分が悪くなる。

 

私は、人間臭い人が大好きだ。アングラにいくと、もっとめんどくさい人がいる。だから京都にいた時は、よく京大の吉田寮にいた。

 

調整豆乳より無調整豆乳が美味しいように、調整された人間より、無調整な人間のほうが好き。「変態」な人間が大好きだ。タモリさんみたいな人。

体育会系や自衛隊より、クリエイティブな人に多いぶっ飛んだ人が大好きだ。

 

この思いは、母校の大学が変態だらけだったからかもしれない。芸大出身の人は気分が落ち着く。

 

ダメ人間でもいいじゃないか。自分を変えるなんて、なかなか無理だ。表層的なものは変わるけど、その人の本質は小さい頃から変わらない。色んな人を見てきて思うことだ。

 

ダメはダメでいいじゃないか。みんな自己啓発などに疲れて「Let it go」に癒されたのではないか?

ありのままの姿みせるのよ。

 

見せられないから、みんな息苦しいのね。

 

もう、生きたいように生きさせておくれ。

 

綺麗事だけで、生きのびれる単純な世の中じゃねえぞ。