男も辛いけど、女も辛いのよ
タイトルの引用元は、矢野顕子の「ラーメン食べたい」だ。
http://youtu.be/4uLeUy-Kj5M
私はこの曲がとても大好きだ。
なんとも言えない感情を、間接的に表現していて、あっこちゃん大好きだ。
いつもパートナーとすれ違うと、頭の中でこの曲が流れる。
男女のすれ違いを、むしゃくしゃした気持ちを、ラーメン食べたい!で表現している。
「ネギは入れてね にんにくも入れて 山盛り入れて」
元婚約者といっぱい話したかったのだ。元婚約者と付き合っている時、会話を続けるのが難しいと感じた。
スキンシップも大事だけど、それ以上に会話が重要。
別れ際、もっと話そうよ、どうして向き合ってくれないの?
本当に私を愛してくれているのだろうか?
そうしたすれ違いで、婚約破棄になった。ちょっとしたことだけど、とても重要な会話ができなかったということは、それまでの関係だったのだろう。
むしゃくしゃしたとき、雑な食べ物のラーメンを食べたくなる。
女の子は避ける、ネギとにんにくを山盛り入れるという注文にぐっとくる。
「男も辛いけど、女も辛いのよ。友達になれたらいいのに」
私は、いつか男と友達になれるのだろうか。
男友達は沢山いるけど、男と女の垣根を越えて根っこが繋がれるパートナーはできるのだろうか。
パートナーのポディションに立つ、男と友達にいつかなれますように。
切実にそう願う。
さよならなんて云えないよ
元パートナーと別れる時に、スーパーバタードックのさよならカラーのCDをくれて、元気を出していた。
「さよならから始まることが 沢山あるんだよ」
このフレーズに、元気を貰ってたけど、最近は小沢健二の「さよならなんて云えないよ」に癒されている。
付き合っている時、素晴らしい濃密な時間を過ごしていたけど、これもいつか終わるんだろうなと、予感していた。素晴らしいパートナーだったから余計に。
「左へカーブを曲がると 光る海が見えてくる
僕は思う この瞬間は続くと いつまでも」
そしてこのフレーズ。
「そして静かに心は離れていくと」
元パートナーが、今年度末で私の町の仕事を辞め、淡路島へ行くそうだ。
「くだらないことばかりを喋りたい
街を出て行く 君に追いつくようにと 強く手をふりながら」
キラキラした日々を、一瞬を、永遠にする小沢健二。
凄く救われた。
違う道に進んでいくけど、そのキラキラした思い出はいつかかけがえのないものとなり、私のパワーとなる。
お互いの幸せを祈って。
掃き溜め
最近は、本当に日記の様になっていて、掃き溜めブログしかない。
吐くって感じで書いている。
読者の人には、申し訳ない。
もっと、記事みたいに、タメになるブログを書こうとするけど、最近は内に篭っているというか、内向的というか、自分と向き合うとも言えるかもしれない。
だから、日記みたいになっている。
ミクシィの頃は、日記を見ているようで楽しいと友達が言ってたので、赤裸々に綴るようにしている。
表現とは、服を着る好意ではなく、脱ぐ行為だと思うのだ。どんどん裸になっていく。
役者さんでも、役を着ている人と、脱いで素を出してる役者さんもいる。たとえば松田優作みたいな。
色々嫌な事があると、吐くようにここに書いている。
そうしたら、こんがらがった思考が解けていく。
昨日は、婚約破棄をしたら私に、婚活行きないと、カフェのオーナーに言われ、乗り気じゃないけど婚活パーティにいった。
連絡先交換で、私にくれた人は誰もいなかった。自分で言うのもなんだけど、個性派の私はそういう場ではモテない。普通のパーティで喋って、連絡先交換したほうが楽だと思った。
そして、今日は出張エステ。出張エステの場所を貸してくれるオーナーに、まだマッサージが未熟だから、勉強中って書いて発表していい?と言われた。今週レセプションで、私のマッサージも紹介してくれることになるそうだ。そしてチラシを作ってくれている。
まだ未熟だから勉強中と書く。店のイメージダウンにならないためだろう。でも、技術が向上したら、認めてくれるかな。
私は、居場所を作ろうとしている。仕事で信頼されるように。「一所懸命」だ。
「一所懸命」は、一つの場所を武士が命がけで守ったことから、生まれた言葉。
私はまだ、仕事面での信頼が低い。
ちゃんと自分の足で立ちたいのだ。
エネルギーになる言葉
成長していない自分を、今日思い知らされた。
あまりにも、元パートナーの言葉がもやもやするので、友達に相談したら、直接聞いてみたらいいと言ったので、ちょっとビクビクしつつもメールした。
統合失調症の私に自立ができるのだろうか?自立って何?
とメールすると、
親元に居ようが、居まいが、誰と一緒に居ようが、統合失調症でも、こうしたい、ああしたい、ってのがあるのに、やるかやらないか、って、もうこれは、伝えたことです。
だから、同じ事言っているから、意味ないと言っていた。
己の未熟さに、腹がたつ。
そして成長できてない自分にも腹がたつ。
私は、失敗が怖い。
だから、前に進むのを躊躇ってしまう、チキンな私。
そんな私だから振られたんだろう。
もう振り返らない。未練もくそもない。
厳しい優しさの言葉をもらい、前に進もうと思います。
幸か不幸か
幸か不幸かわからないけど、元パートナーに可哀想とレッテルを貼られてた私。
別れたあとは、もう夢ややりたいことを見つけた私のことを可哀想とは思ってないと言ってたけどね。
もやもやーっとする。
元パートナーの友達が、私のことを自分が1番不幸な顔している!なんなのよー!と指摘され、
でもその人は、シャブ中毒から抜け出した人なのだ。
17歳の時に子供を産んだ。テレクラで処女を捨て、運良く生き残った人。
さっきも、44歳の女友達と電話したけど、さっき聞いたら、実家暮らしだけど、両親死んだから、一人暮らしなのよねと言っていた。
私は、本当に世間知らずで綿に包まれながら育ったんだなあと、己の未熟さを思い知った。
私はまだ、恵まれてる。
大好きで、自分に言い聞かせている言葉。
「人は自分が思っているほど、幸でも不幸でもない。大事なのは生きることに飽きないことだそうだ。」
不登校の時、ガーンとこの言葉に救われた。
小さい頃、満天の星空を見るとき、なにか怖かった。
宇宙が広大過ぎて、宇宙にすっぽり自分が消えてしまいそうな感覚になっていた。
今は、何事も小さいもんだなーと思う。私も日本も地球も。
頑張らなくてもいいし、頑張ってもいい人生。
どんな人生でもいいよな。
でも真っ白な白紙の人生を、やっぱ生まれたのにもったいないから、色付けしたくなっちゃう。
今は、そういうスタンスで生きている。
大学の恩師は、人生は暇つぶしなんだから、働くしかないと言ってたけど、最近その働くことの中身が大分分かってきて、
こういう風に働きたいと思うようになってきた。
まあでも、働くことはお金を貰うってのが今の社会の仕組みだから、ボランティアやケアをしたい私は、それをどう商売にしようか、理想と現実を繋ぐことが課題であるけど。
私は、生きてやる!
可哀想って思われないぐらい、生きてやる!
精神障害者という、差別に負けない!
どろどろ
最近、どろどろした感情が込み上げてくる。
元パートナーに対してだ。
君を可哀想な子と思ってた。嘘ついていたと。
元パートナーには、幸せになってほしいと思う反面、心の支えでいてほしかった。
でもバツイチの彼は、よく前の奥さんの話をしていた。私のことを、前の奥さんの名前で言い間違えることもあった。
信用できなかった。
前の奥さんが結婚して、多重人格になったけど、そこまで追い込む彼はどうなんだろう?と引っかかりがあったからだ。
確実なものなんてない。恋愛なんて、形じゃないからもっと確実じゃない。
結婚して、一生別れないと思っているやつは馬鹿だよ。
大学で同じゼミの子が、結婚したときそういっていた。
私の1番のこじらせは、恋愛面で付き合うパートナーを信用するのが困難なこと。今まで付き合った人みんな、信用したことがなかった。
そして男性が怖い。
今の私は、女性性に自信がなくなって、何もかも自信が無くなっていること。
だから、心を保つために、仕事にも繋がるからだけど、メイクの学校へ通っている。
どんどん綺麗になろうと思う。
何か頑張らないと。
どうすればいいのかわからないけど、確実に分かるのは、
前に進むしかない。
只、それだけ。
孤独と向き合う
結婚や、恋人を持つことで、孤独を紛らわせていた。
結婚しても、子供ができても、そんなんじゃ孤独は消えないだろう。
誰もが、大なり小なり持っている「孤独」。
今は、クリスマス前だ。
この時期は、どうしても孤独を感じやすい。
ハチミツとクローバーで、確かこんなシーンがあった。
主人公が、クリスマスの飾りをみると、お前に居場所はあるか?と言われているような気がするというシーン。
そう、成功者でも孤独は感じる。まだ読んだことないけど、3月のライオンは、将棋で有名になっていくけど、有名になる者ならではの孤独を感じる主人公の話だそうだ。
暗いゴーストタウンの我が故郷の夜道を歩きながら銭湯へ行く。浴場では、地元のおばちゃん達が、たわいもないうわさ話やローカルネタを話している。
マイナンバーがどうたらこうたら。
あそこで火事あったみたいだねとか。
私は、輪に入らず傍観している。
そして帰りの夜道を歩く。
冬が迫ってくる。寒い夜空。
でも、空を見上げたら、綺麗な星達。
都会では、見えない小さな星が見える。
ネオンがないけど、星が照らしてくれる。
寂しい故郷を味わいながら孤独を噛み締めて生きるのも悪くはないなと思った。
人々は、寂しいからネオンを照らすのだ。
でも、田舎では夜空が照らしてくれる。
どちらが豊かか。
確かに言えるのは、クリスマスのイルミネーションよりも、満天の夜空の方が孤独を癒してくれるのだ。
孤独を噛み締める、秋。