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胸の鏡よ 心濁すな

日記のように綴るブログ

精神障害者の私が思うこと~相模原事件を受けて~

私のブログで一番アクセス多いのが、内海聡関連の記事なのだが、

内海聡の本を読んで、精神疾患や障害者の差別や偏見を助長させる本だと書いた。

そして、内海聡が障害者を産んだのは親の責任という、人権侵害の発言をし、三宅洋平が擁護のブログ記事を書いていた。

最初の緑の党の時は、彼に投票したのだけれど、その擁護のブログをみて、彼を支持するのをやめた。

この間の参議院選挙で落選した時に、内海聡を擁護したことのお詫びの記事を書いていたが。

内海聡や障害者の親が反省すると書かなければ、当選していたのかもしれない。落ちた理由はそこだろう。

医師免許をもった内海聡に、直接接触し、暴言を吐かれ、それから心が鉛のようなダメージがまだ今もあるのだが、相模原事件で、とうとう日本にも来たかと思った。

そういうマイノリティを排除する流れがあったのだが、いつか日本もそういうのがあるかもしれないと、数年前に予感していたから。

何を予感していたというのを具体的に書くと、日本が益々右寄りな国家になってきたから。そういう優生思想を感じ取ったから。内海聡、三宅洋平の件に対して。

石原慎太郎麻生太郎が、老人はさっさと死ねとか、そういう「社会では使えない」人々を排除する流れがあったから。

表層的に民主主義国家だけど、内面は軍国主義ナチスドイツみたいに、使えない障害者を戦争が起こったときに、日本は障害者を殺すのではないか。

軽度だけれど、障害者の私がびくびく感じ取っていたことが、分かりやすい「形」で相模原事件が起こっていた。

ネットでも、加害者は躁病で、精神疾患だ、統合失調症だと差別的に見るけれど、その精神疾患を差別的に見るのも、犯人と大なり小なり同じことをしていると思ってほしい。

精神疾患は、みんな反社会的ではない。犯人はサイコパスだ。

統合失調症だから危ないやつとみるのも、犯人と同じことをやった優生思想だということ。

統合失調症は、サイコパスではない。それは知っておいてほしい。

精神疾患は危ないやつではない。普通の人と思ってほしい。危ないやつと偏見を持つのも、犯人と同類ということ。精神疾患は社会にはいらないやつという、優生思想だということ。

一個人として、精神疾患を含む障害者と接してほしい。

精神疾患を危ないやつとみるのは、犯人と同じ偏見を持っていること。

それに気づいてほしい。障害者も一人の「人」なのだ。

障害者というレッテルを取り除いて接してほしい。

事件の根本的解決はそこだろう。

障害者の私が伝えたいのはそれです。