胸の鏡よ 心濁すな

日記のように綴るブログ

どんな働き方をしたいか。

今日は病院のカウンセリングだった。

恋人ができて、心に余裕ができた、人に優しくなれて、精神は安定しているなど、話は盛り上がった。

 

自分の考えをまとめるために、話を聞いてもらっているところもあるのだけど、自分の働き方の考えがふとでてきた。

 

私は寛解しているけど、統合失調症患者。精神科医や心理カウンセラーからみると、私は自立の内に入るらしい。

 

大学から、いや高校から働くのがなんなのかわからなかった。癌になりながらも必死で働く母親をみて、幸せな人生ではないと感じた。

 

どこかで、そんなに働いてどうなるの?と疑問に感じるようになった。

 

良い大学に入って、良い会社に入る。そんな当たり前のレールに違和感を感じたのは、高校のとき。そんな疑問や違和感を蓋に閉じ込めて、受験勉強をしたけど、結果私の身体は拒否反応を示した。

 

身体が使い物にならなくなり、バリバリに生きられなくなった私の身体に絶望したけど、徐々に回復して、大学で視野が広がり生きやすくなり、地元に帰ってきた。大学でも、やっぱり働くことがわからなかった。精神疾患を抱えながらバリバリ働く自信がなかった。なので就活もせず、大不況なので泣く泣く大好きな京都を離れ地元でぼちぼち母親の仕事に着いた。

 

そして只の自律神経失調症が、悪化して統合失調症で、二年ぐらい棒に振った。

 

徐々にステップアップして、何とかやる気も出来てきた。やりたい仕事の使命感も浮き彫りになった。齢30歳にしてようやくだ。

 

使命感が見つかるまで、自分を騙しながら前へ進んでいた。「我慢料」と思って働いていた。しかし、ストレスを抱えながら働くのは、この病気には向いていない。

 

楽しみながら働きたい。

 

ポンっと出た言葉が、「仕事と遊びの境界が曖昧なところへ行きたいですね。」とふと出たのだ。

 

ワーカーホリックの女性社長に、もっと働くのが何なのか考えてたほうがいいと、説教を食らった。

 

かなり自分の欠点をはっきり言われたので、それが良い意味で、考えさられた。

 

バリバリに働きたいと思った時期もあった。しかし、欠陥のある身体。みんなフルタイムで働いてて、終電で帰り、朝また働く。

 

1日遅くまで働いてて、みんなこれを毎日満員電車に乗って働いているのか、凄いなと思った。

 

ワーカーホリックみたいにバリバリ働くキャリアウーマンにも憧れる。けどバリバリに働けない。

 

楽しみながら働きたい。仕事のような遊びのような境界が曖昧な仕事へ。

 

甘ちゃんと思われるかもしれないけど、我慢でもなく、ストレスフルでもなく、楽しみながら働きたいのだ。

 

そしたら、バリバリに働けるかもしれない。

 

そう精神病院の帰りに思った1日だった。

 

今日はメモ日記である。そんな1日。

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