胸の鏡よ 心濁すな

日記のように綴るブログ

幸か不幸か

幸か不幸かわからないけど、元パートナーに可哀想とレッテルを貼られてた私。

別れたあとは、もう夢ややりたいことを見つけた私のことを可哀想とは思ってないと言ってたけどね。

もやもやーっとする。

元パートナーの友達が、私のことを自分が1番不幸な顔している!なんなのよー!と指摘され、

でもその人は、シャブ中毒から抜け出した人なのだ。
17歳の時に子供を産んだ。テレクラで処女を捨て、運良く生き残った人。

さっきも、44歳の女友達と電話したけど、さっき聞いたら、実家暮らしだけど、両親死んだから、一人暮らしなのよねと言っていた。

私は、本当に世間知らずで綿に包まれながら育ったんだなあと、己の未熟さを思い知った。

私はまだ、恵まれてる。

大好きで、自分に言い聞かせている言葉。

このブログにも書いてるけど、押井守イノセンスに出てくる言葉。

「人は自分が思っているほど、幸でも不幸でもない。大事なのは生きることに飽きないことだそうだ。」

不登校の時、ガーンとこの言葉に救われた。

小さい頃、満天の星空を見るとき、なにか怖かった。

宇宙が広大過ぎて、宇宙にすっぽり自分が消えてしまいそうな感覚になっていた。

今は、何事も小さいもんだなーと思う。私も日本も地球も。

頑張らなくてもいいし、頑張ってもいい人生。

どんな人生でもいいよな。

でも真っ白な白紙の人生を、やっぱ生まれたのにもったいないから、色付けしたくなっちゃう。

今は、そういうスタンスで生きている。

大学の恩師は、人生は暇つぶしなんだから、働くしかないと言ってたけど、最近その働くことの中身が大分分かってきて、
こういう風に働きたいと思うようになってきた。

まあでも、働くことはお金を貰うってのが今の社会の仕組みだから、ボランティアやケアをしたい私は、それをどう商売にしようか、理想と現実を繋ぐことが課題であるけど。

私は、生きてやる!

可哀想って思われないぐらい、生きてやる!

精神障害者という、差別に負けない!
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