胸の鏡よ 心濁すな

日記のように綴るブログ

薬が減った。

恋人の力は凄いなと改めて思ったので、日記に綴る。

 

恋人がいるだけで、頑張れる。

恋人がいるだけで、安心する。

恋人のいるだけで、癒される。

恋人がいるだけで、余裕ができる。

恋人がいるだけで、居場所ができた感じがする。帰る場所がある。

 

なので、薬の量が減った。

不安時のリスペリドン、過呼吸時のコンスタンは、今飲んでない。

 

不眠の時のレンドルミンも、次の日早く起きる時だけ。

 

結婚前提でお付き合いをしている。彼も鬱の時があったので、私の病気を理解している。

 

今までの人は、気合いで治せと言う人ばかりだった。

 

しかしいかんせん、心の病や、精神という言葉の使い方は良くない。実際は脳の病気だ。

心や精神の病だから、気合いで治せと言う輩がいるんだな。凄い誤解だ。

将来脳の病気として、世間に認知されるといいな。精神疾患ではなく、脳の疾患と。

 

もう、自分だけの身体じゃないので、健康にも注意する。

 

 

しかし久しぶりに片付けができるぐらい、精神に余裕ができた。

 

恋人の存在に感謝である。

美人でいけずな人。

美容業界にいるので、綺麗な人はいっぱいいる。

みんな自分の容姿に自信があって気が強い人が多い。

 

私は、女の子女の子してる人が苦手だ。赤文字系やコンサバな人。モテ系な人。

 

かくいう私は、若い時は個性派で最近はモード服を着ている。モテ系な女性は避けてきたタイプ。

地元に帰り、地元のファッションは保守的なので、私のファッションは浮いている。そしてモテを意識した人も多い。

 

なので、女子会が苦手。去年所属していた美容家が集まるシェアオフィスが慣れなかったのは、閉じた女子会だったからだ。女子会みたいなコミュニティ。

 

私はおしとやかな女性が好きだ。控えめで、芯がしっかりしてて頭の良い人。みんな綺麗なんだけど、自分の容姿に自信持っているタイプでもない。

 

この間、久しぶりに根掘り葉掘りなコミュニティの人と接したのだけど、一歳しか違わないのに上から目線ねと、その場にいた母親が言っていた。みんなちやほやするから、気位が高くなっているんだろうねと返答した。

 

小者なお前という、威圧感だった。

 

まあ勝手に思っておけと思った。そういう人は相手にしない。というか、根掘り葉掘りなのは暇なのか、私に関心があるのか。他人に干渉しすぎるほど、私は暇ではないぞ。

 

仕事とプライベートのことで精一杯だ。相互監視社会をスルーして、私は私の道を行く。マイペースにね。

どんな働き方をしたいか。

今日は病院のカウンセリングだった。

恋人ができて、心に余裕ができた、人に優しくなれて、精神は安定しているなど、話は盛り上がった。

 

自分の考えをまとめるために、話を聞いてもらっているところもあるのだけど、自分の働き方の考えがふとでてきた。

 

私は寛解しているけど、統合失調症患者。精神科医や心理カウンセラーからみると、私は自立の内に入るらしい。

 

大学から、いや高校から働くのがなんなのかわからなかった。癌になりながらも必死で働く母親をみて、幸せな人生ではないと感じた。

 

どこかで、そんなに働いてどうなるの?と疑問に感じるようになった。

 

良い大学に入って、良い会社に入る。そんな当たり前のレールに違和感を感じたのは、高校のとき。そんな疑問や違和感を蓋に閉じ込めて、受験勉強をしたけど、結果私の身体は拒否反応を示した。

 

身体が使い物にならなくなり、バリバリに生きられなくなった私の身体に絶望したけど、徐々に回復して、大学で視野が広がり生きやすくなり、地元に帰ってきた。大学でも、やっぱり働くことがわからなかった。精神疾患を抱えながらバリバリ働く自信がなかった。なので就活もせず、大不況なので泣く泣く大好きな京都を離れ地元でぼちぼち母親の仕事に着いた。

 

そして只の自律神経失調症が、悪化して統合失調症で、二年ぐらい棒に振った。

 

徐々にステップアップして、何とかやる気も出来てきた。やりたい仕事の使命感も浮き彫りになった。齢30歳にしてようやくだ。

 

使命感が見つかるまで、自分を騙しながら前へ進んでいた。「我慢料」と思って働いていた。しかし、ストレスを抱えながら働くのは、この病気には向いていない。

 

楽しみながら働きたい。

 

ポンっと出た言葉が、「仕事と遊びの境界が曖昧なところへ行きたいですね。」とふと出たのだ。

 

ワーカーホリックの女性社長に、もっと働くのが何なのか考えてたほうがいいと、説教を食らった。

 

かなり自分の欠点をはっきり言われたので、それが良い意味で、考えさられた。

 

バリバリに働きたいと思った時期もあった。しかし、欠陥のある身体。みんなフルタイムで働いてて、終電で帰り、朝また働く。

 

1日遅くまで働いてて、みんなこれを毎日満員電車に乗って働いているのか、凄いなと思った。

 

ワーカーホリックみたいにバリバリ働くキャリアウーマンにも憧れる。けどバリバリに働けない。

 

楽しみながら働きたい。仕事のような遊びのような境界が曖昧な仕事へ。

 

甘ちゃんと思われるかもしれないけど、我慢でもなく、ストレスフルでもなく、楽しみながら働きたいのだ。

 

そしたら、バリバリに働けるかもしれない。

 

そう精神病院の帰りに思った1日だった。

 

今日はメモ日記である。そんな1日。

気持ち悪い。

恋人ができた。今度はほのぼのとした恋愛になりそうだ。

 

告白されて、初めて告白されて付き合うことになった。今までの恋愛は、流れで付き合うケースばっかりだったから、告白なしで付き合っていた。

 

告白された直後、びっくりしたけど、嬉しくて、身体が火照ってOKをした。

 

遠距離恋愛になる。片道1時間半はかかるところに、彼は住んでいる。

 

さっきデートしてきたけど、ちょっと気持ち悪いと思っている。そんなことを思う私は薄情じゃないかとグーグルで、私みたいなこと思っている人いないかなと探してたら、

 

「気持ち悪いと思うのは、自分に自信が無い証拠。自信がないのに、女性として魅力的に見られるのを気持ち悪いと感じ、拒絶しているのだ。」みたいなことを書いていた。

 

私はまだ自分に自信がないのだなとすとんと腑に落ちた。今まで、他人に好意の目で見られると気持ち悪いと感じた。向こうから言い寄られて、流れで付き合ったことあったけど、余りにも今回の人は、ピュアで真っ直ぐ見てくる。それが恥ずかしい。

恋人握りもぎゅっと握りしめれない人だ。

そこが良さでもあり、可愛いところなのだけど。純朴な人なのだ。私みたいな汚れた女性でいいのだろうかと思う。軽薄な女だと自覚している。

 

そんな奥手な彼なので、セックスもまだだ。その行為に至る時に、私は愛せるだろうか。拒絶してしまわないだろうか。

まだまだはじまったばかりの恋。様子見である。

努力はしていこうと思う。少しずつ愛せるようにはなるだろう。多分。

次の恋愛へ進むために。

元婚約者をSNS全般をブロックした。

 

彼女ができたみたいで、彼女のささーっと作る料理が美味しいと、綺麗に盛り付けされた写真をアップしていた。

 

血が逆流しそうになった。

 

友達でいたいと別れた後言われたけど、友達は無理そうだ。

 

友達だと、次の恋愛へ前に進めないから。繋がってると、未練がずっと残ってしまう。

 

未練がましい私を変えるため、罪悪感はあるけどブロックした。ごめんね。

 

フェイスブックも彼の投稿見るだけで嫌だったから、ツイッターばかり見ていた。フェイスブックをブロックしてスッキリしている自分もいる。

 

本当にごめんね。でも前に進むために私にとって必要なことなのです。

 

さよなら。

希望という北極星を見つめて

今回は、私自身に問いただす日記。

 

最近はただ、なあなあと生きている感じ。

 

そんな自分でいいのだろうかと、引っかかりを解く日記。

 

先日、大学の同期が福井県鯖江市に移住をしてTSUGIという会社のデザイナーをしているのだけど、阿波市にデザインと移住で講演をしにきた。そのイベントの司会進行の方と、不思議な縁で大学の同期と共通の友達だった。その方は大学の同期の友達だったり、高校の後輩が私のいとこだったり、徳島で知り合ったのだけど、共通の友人が何人かいたのだ。そのうちの1人が、TSUGIでデザインをしている大学の同期だ。

 

大学の同期は阿波踊りを踊りに、私の実家に2年連続で泊まりにきたり、アクティブな子だったのだけど、そのアクティブさは今も健在。情熱を持って仕事をしていた。

 

それに比べたら、私はなあなあと生きてて情けなくなった。私も大学の頃は、あれぐらいの情熱があったけど、今はぼちぼちやってる、ろうそくのともしびみたいなものだ。儚く生きている。大学で養ったパッションは今はどこに行ったのやら。

 

他人は他人、自分は自分だけど、どこか比べてしまう、哀しき性である。

 

病気になって、ぼちぼちしか働けないのは仕方のないことだけど、病気でガタがきてるこの身体が憎い。もっと働けたらいいのに。情熱を持って走ると、身体が壊れてしまう。

 

薬無しでは生きられない、この身体。時たま劣等感に苛まれる。

 

差別される病気で、時たま社会が憎く思う時もある。何故差別されるのだろうと。

 

その差別を取り払おうとして、今プロジェクトを練っているところだけど、相模原事件で政府は悪い方向に行っているようで。

 

一度精神病院を退院した患者を犯罪者のように、監視する法案が動いているようで。斎藤環先生がツイートしていた。

 

ちょっとでも変わればいい。偏見をなくしたい。ダウン症の子を持つネイリストと意気投合して、一緒にプロジェクトをすることになった。その女性は、健常者とダウン症の子ごじゃまぜで遊ばせたり、色々活動している。メイクレッスンしたり、スキンケアを教えてることになりそうだ。人前に立つのは怖いけど、やるしかない。

 

いつも私は、北極星のようなわずかな光を目指して、真っ暗闇の中を前に進んで歩いているような感覚がある。それは病気になってからずっとそうだ。

 

北極星を見失わず、手探りで私は歩いていく。そうやっていつも乗り越えてきたんだ。

 

確実に分かることは、前に進むしかない。絶望の時はいつもその言葉が、クリアに浮かぶのだ。

空虚な心の穴を埋めるには

先月の月初めは忙しかった。休みが前半1日しかなく、走り終えて、大学の同窓会で京都で遊んだら、疲れが溜まったせいか、今ネガティヴになっているので、今日自分を纏めるために日記を綴っている。

 

忙しいくらいが丁度いいんだけど、ちょっと気が抜けたら心がナイーブになってきた。相変わらずめんどくさい心体である。

 

大分この日記のおかげで、上手く付き合えるようになったけど、酔うとめんどくさいし、落ち込みやすいし、まだまだ改善点が沢山あるから、根が真面目な私は、向上しようと欠点と向き合っている。

 

真面目に生きるのは損という本もあるみたいだけど、この真面目さは弓道で培ったもの。中々とれるものでもないし、根が優等生なとこがあるからだ。自分で言うのも恥ずかしいけど。

 

車のハンドルに遊びが必要でしょ?あなたにはその「遊び」がないと、大学の恩師に言われた。

 

本当柔軟に生きたいものである。理想はタモリさん。私の中で一番尊敬する人。

 

肩の力が抜けているところが凄いなと思う。人を傷つけないお笑いも大好きだ。

 

もっと魅力的な人間になりたい。

 

人間力とか陳腐な言葉は使いたくはない。人を惹きつける人になりたい。

 

私は只今、走り終えて暇になると空虚になり不安になっているだけだ。

 

稼いでいる大学の友達や、家庭を持った友達、子供がいる友達。どんどん差が出てきているなと思う。人生は競争じゃないのは頭では理解しているんだけど、中々心では理解していない。

 

もっと向上したいものである。